邑久長島大橋
邑久長島大橋
邑久長島大橋
邑久長島大橋

 1930年に愛生園が開園、1938年に光明園が復興開園して以来、長島はハンセン病を象徴する島とみなされて来ました。本土から島までの距離は、わずか30m足らずでしたが、偏見と差別に隔てられ、社会から置き去りにされた入所者にとって本土は手の届かない遠い世界でした。

 1969年入所者から「橋を架けよう」との声が上がり、架橋運動がスタートしました。これ以降足掛け約20年間、地元邑久町を始め岡山県、厚生省等関係機関との協議や署名活動、資金カンパ、国会請願等の運動が進められてきました。長年の関係者の苦労と努力の末、1988年5月9日、遂に念願の邑久長島大橋が開通しました。

 この橋は「強制隔離を必要としない証」として「人間回復の橋」と呼ばれています。邑久長島大橋が一望できる東屋のある邑久長島大橋架橋記念公園は、この大橋架橋を記念して、岡山県事業で整備されました。

邑久長島大橋【1998年5月】
大橋架橋記念公園【1989年10月】